安東のお葬式‐6 精神文化の首都

韓国における生と死を考えてきたところで、触れたく思う内容があります。良く死ぬということは良く生きるところから成立するものですが、韓国において女性が良く生きるということはどういうことを指しているのでしょうか。

陽/主体である男性の前に陰/対象としての道理を尽くす、陰陽/主体と対象が和合して一つになるということにおいて長けていることが女性の本分であると、私は整理しています。

韓国には旌閭閣(장려각ジョンニョカㇰ/せいりょかく)というものが存在します。以前、河回村の旌閭閣について記したことがありますが、今一度この内容に触れてみたいと思います。

旌閭とは忠臣・孝子・烈女などを出だしたその村の入り口に旌門を建て表彰することで、これを記念した碑石などを据えた閣を旌閭閣と称しました。

旌は旗を、閭は村を意味する漢字で、村の入り口に旗を立て記念したことからこの名称が使われているとのことです。

河回村の入り口にある旌閭閣は烈女を祀るものです。烈女とは節操をかたく守る女子、また、信念を貫きとおす激しい気性の女子ということで、旌閭閣に祀られている烈女は自ら夫に殉死したということを意味しています。

聞いたところでは女性が夫の他界後に殉死を促された場合もあったということですから、少し前までの半島では儒教の流れの中で、それ程に夫と運命を共にすることが美徳と考えられていたということです。

しかし妻が夫の後を追うことが賞賛されたというより、命を賭して主体の前に「慕思」を貫く対象としての姿勢が尊く評価されたと、私は理解しています。

未亡人という言葉があります。夫を亡くした女性を指す言葉ですが、未だ亡くならぬ人、と言葉の持つ意味を見直してみたときに、主体を失った対象である女性の存在の危うさを感じさせるに十分です。

安東の新しい観光名所である月映橋に込められたストーリーがあります。400余年前に葬られた両班の男性の棺の中から女性の髪の毛交じりで編まれた履物と若くしてこの世を発ったことを嘆く哀絶な手紙が出てきました。ウォニオンマと呼ばれるこの男性の妻は幼い子を抱えていたので殉死はしなかったのでしょう。察するに、もし幼い子がいなければこの女性もまた、烈女となり旌閭閣に祀られていた可能性が高かったであろうと。

この夫婦の姿は1990年にかかった映画『ゴースト』になぞらえられ、市ではこの内容が新しく内外に記憶されるよう環境を造成しました。その一つとして月映橋があります。ウォニオンマはナショナルジオグラフィックでも紹介され、アメリカの権威ある考古学術誌にも掲載されました。

安東は韓国精神文化の首都という標榜を掲げ、高麗時代を代表する鳳亭寺、朝鮮時代を代表する河回村、陶山書院、屏山書院を有し、そして大韓帝国時代を代表する独立義士の多さで知られています。韓国精神文化の首都に相応しい形而上・形而下の文化財を有してきました。

では、現代の安東は何をもって精神文化の首都と称せるでしょうか。安:[うかんむり=家]の中に女がいて安らかなこと、東:韓国では동산東山という言葉が「幸せで平和な園」を比喩的に意味し、エデンの園はエデン東山と称するところから東を園の意と見るならば、安東という地名の持つ意味は「家に女が存在することで安らかである幸せで平和な園」と解きたいと思います。

女が健全なゆえに幸せで平和な地、安東。こんな形で韓国精神文化の首都と称せるなら、安東は「仁(儒教の最高徳目)」で半島を輝かせる主役となるに違いありません。

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