安東のお葬式-3 哭(な)く

哭(コㇰ)というものー。韓国に対する理解を深めるのに、大きな手掛かりとなる概念です。哭を説明する前に、韓国儒教を私なりに整理した内容を説明してみようと思います。

韓国に儒教が伝播したのは紀元前の孔子の儒学が半島に入ってきたのが最初ではありましたが、現代の韓国に大きな影響を与えている儒教は朱子の「性理学」を指しています。孔子の儒教を朱子が体系化した思想・学問として説明される性理学は日本では朱子学と呼ばれています。

韓国の思想体系を現代から遡ってみるならば、現代は性理学の影響を受けつつ宗教や思想の自由を有する自由民主主義の時代、大きく見てその前の朝鮮時代は性理学を官学とし政治を行い国を治めた時代、それ以前の高麗時代は仏教を国教として国を治めた時代です。

時代の流れから見るならば1948年以前の韓国、北朝鮮の両国を含む当時の半島では10世紀からの高麗時代には仏教、14世紀から20世紀までの朝鮮時代には儒教というバックボーンが人々の思想、生活の根底に流れていました。

現代の韓国における儒教は高麗時代の仏教を激しく弾圧し、財を奪い、寺院を破壊しその敷地に書院を建てるところから始まりました。町のどこにでもお寺が見られ生活の中に溶け込んでいる日本とは異なり、韓国の寺院は山の中にだけ生き残ることができたという事実を残し、国土を治めるための徳目を編入し(「忠」の中心に王を据えるなど)、政治的利用による弊害の多く残るものとなっているため、儒教を嫌う声が多いのが事実です。

儒教を嫌う母体は概ね女性で、儒教の一部を利用し女性の位置を貶め、男性の位置を上げた男尊女卑、家父長主義(家長、長男に権威が集中する)による弊害を嫌うものです。そして年齢や身分(職業)による格差にも多くの反感を内包しているのが現代韓国に色濃く残っている儒教です。

しかしこれらは儒教を政治利用した際に生じた弊害であり、儒教に接すればその核心は「仁」であるということは誰もが知るところです。そして性理学を学んだ人ならば言行一致、知行一致が最も重要な徳目で、それを成すために精進するのが儒者の生であると考えているはずです。

先に述べたとおり韓国儒教は仏教を激しく弾圧しましたが、その基盤の上に成立したのが韓国儒教ですので、高麗時代の韓国仏教の影響を色濃く残したものとなっています。実際、故人に敬拝するときに葬儀場で行った「韓国儒教式」の作法と納骨するときに行った「韓国仏教式」の作法にほとんど違いがないのです。祭壇も変わるところが探せず、仏前にお供えするお酒を注いだ盃を時計回りにまわせば儒教式、逆回しにすれば仏教式、ということなのですから。

さて、お葬式においてなされる哭というものは、もちろん哀悼の発露であると同時に、泣けば泣くほど故人をよいところに送れるという思想があるゆえに人を雇ってまでするということで、この哭というものは儒教による慣習であると、私が質問した人たちは口をそろえて答えました。ですから、韓国でもキリスト教徒は異なった作法で故人を哀悼します。哭をしないのです。

仏教では輪廻転生する。しかし儒教では一度送ったら一個人は終焉を見、そしてその「血統」が綿々と代を継いでいく。そこで血統という一つの観念が韓国では非常に大きな意味を持ち、族譜というものが存在することになります。勿論、国の中心血統は王ということになります。人々の関心は王家とどれ程関係を持ったか、どれほど大きな人物を出した一族であるか、というところに寄ります。私の夫は光山(本貫といい、先祖の出身地を表す)金(姓)ですが、光山金氏というと王妃を多く出したことで知られている姓で、夫の姓を訊ねる人の口ごとにこの話を聞きました。

輪廻するのだったら嘆く必要はないが、この世での完全な別れとなるので哭をする。これが今回私の学んだ韓国儒教の大きな特徴でした。

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