安東のお葬式‐2 別れと出会い

韓国では一般的に三日葬と言って、亡くなった日を一日目とし、三日間をお葬式の期間とします。私の今回の経験は安東で行われている一般的なものととらえていただけたらいいと思います。

期間中、喪主はお葬式上で24時間体制で弔問客を待ちますが、最もつらかったことは何も敷かない床に毛布もなくごろ寝するというものでした。1日目を過ごしてみると体のあちこちが痛く、寝ても寝た気がしませんでした。あまりにつらいので誰かに毛布を持ってきてもらおうかと思いましたが、誰もそんな人はいませんので私だけ楽にするのははばかられて我慢しました。

聞いてみると、お葬式場で布団もなくごろ寝するというのは「親不孝」に対する罪意識からそのようにするものだということでした。親が亡くなるのも十分に楽にして差し上げられなかった故と考えるということで、そのような不孝者は布団に寝る資格もない、ということだと聞きました。儒教の影響の色濃く出る内容です。

いや、人は寿命が尽きると自然と肉体を脱ぐもので、不孝者のせいで亡くなるわけではないでしょう、という反駁の念が浮き上がったのですが、それでも、親に少しでも楽に長生きさせたいがそれが叶わなかったという思いからそのような形式が作られるのでしょうか。

火葬が一般的な日本とは異なり、従来は土葬が一般的だった韓国ですが、国土の限界もあり、この頃では火葬が主流となっている感じがします。義母も火葬し、お寺に納骨しました。統計では半々ほどということだそうですが、今後は圧倒的に火葬になっていくと思います。

火葬が主流になっていく理由として、山にお墓を作ると管理が大変で、この管理のために毎年費用やら人力やらが必要になってくるので、そういったものを省略したい意図が大きくかかわっています。昔は生まれ育ったところで地域を離れることなく過ごすのが一般的でしたが、故郷を離れて暮らす場合の方が多くなっている現代では週末を利用してわざわざお墓の管理に行ったとしても、故郷には会う人もなく無味無感に義務的に成さねばならないとしたら、人の気持ちも離れていくというものです。

我が家は田舎を守っている立場ですが、遠くから何時間もかけてこられる方々は義母や義父がいらしてこそ我が家に寄りたい気持ちがするものです。この方たちの世代が変わっていけば、会ったこともない先祖のお墓の草刈りをするためにわざわざ1日を費やしたいとは思わないのは当然の理です。

土葬が主流だった韓国では、火葬する場合でも土葬するのと同様、故人をミイラのようにぐるぐる巻きにして入棺します。故人を麻の布で巻き上げていくのですが、生前につけることのなかった王冠を模して、体の節々ごとに13の王冠を模したものをかたどって巻いていました。

東京で母のお葬式をしたときは顔が見えるように棺に横たえられていましたが、火葬と土葬の文化の違いがこんなところにも表れていると思いました。

韓国のお葬式では「哭」というものが存在します。声をあげて泣くということですが、休まずしているわけではなく、弔問客が来るとその都度「哭」をして迎えます。家ごとに「哭」もそれぞれで、「アイゴー、アイゴー」という哭を歌のようにメロディーをつけてする場合もあり、我が家の場合ではただ控えめの声で「アイゴー、アイゴー」とつぶやくように言っていました。弔問客が来ると「哭」で迎えるので、弔問の立場としては早くその哭を切り上げるために一連の儀式‐お香を焚き、お酒を供え、敬拝をする‐をしなければいけないという思いになります。実際、敬拝を捧げるときには哭を終えますので、それほど長い間哭をしているわけではありません。

この哭という概念は、暗くよくない場所にいる魂を哭でもって引き上げるという概念があると聞きました。韓国では「哭き女」といって、哭をするための人を雇うということもあったそうです。

感情をあまり表出しない典型的な日本人の私は哭が体から出てきませんでした。これは本当に文化の違いだと思います。非常にステレオタイプな見方でいうと日本人は感情のベクトルが内側を向っており、韓国人はその逆なのだと。そんなことを実感しました。

お葬式の場が個人を哀悼する場であるのと同時に、しばらく会っていなかった親戚との再会の場であったりもします。後に説明しますがこれがお葬式を祝祭と称する所以(ゆえん)で、一つの終焉であると同時に一つの始まりの場となるということ。人と人が織りなしていく時系列と場による織物の模様が複雑に絡まりあって作られていくのが人生という作品とでもいいましょうか。

今回の我が家のお葬式では肺癌の手術を3日後に控えたお義兄さんの縁故がソウルの全国的に有名な病院に力のあることが分かって、急遽病院を変えることになりました。ご本人としては願ってもみないことです。韓国では全国的に有名な病院は待機時間が長く、通いたくとも現実的には難しいのが現状なのですが、この葬儀を通して道が開かれたということになりました。

安東のお葬式‐2 別れと出会い」への2件のフィードバック

  1. なるほど。知れば知るほど文化の違いとその奥ゆかしさを感じますね。
    哭が一種のパフォーマンス的なものというのも面白かったです。

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    1. jpshoutさん、このお葬式という体験を通して、近いけれどまったく異なった文化形成を成してきた両国であるということを実感しています。哭というもの。後程もう少し詳しく説明してみようかと思います。

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